雪国

・・・トンネルを抜けると4年目であった。


たとえば、私の仕事場で隣に座っている
上司の彼が、ゴリラだったらどうだろう。

ゴリラであるから、コミュニケーションは
基本とれない。何を聞いてもウホしか答えない。
彼は興奮するとドラミングをしてしまう。

三連休の前日に休日出勤の要請もされないだろう。
ウホしか言えないし。

悪いね!なんつって代わりにつって
渡されたものが米。 米 、3kg。

なんつーかね、そうじゃない。
20代の三連休を米で換金してほしくない。
古代ギリシアでもないのにまさかの物品報酬。
等価交換の原則つってドヤ顔で言われたとしても
いや、米て!3kgの加減も分かんないし。


・・・トンネルを抜けると4年目であった。


お客さんから呼び出された。


台風の日に。
川氾濫しまくってんのに。

道なんか閉鎖閉鎖ですよ。
私、ライフセーバでもなければ医療従事者でも
ないわけで、絶対に駆けつける!
という覚悟をするにはモチベーションが
上がらないただの書類提出。

あのね、明日でいいじゃない?と
思うわけですけど、絶対に。今日。必要だと。

山道を蛇行しながらね、インディジョーンズの
ごとく、水没地域や氾濫地域を避けて
出発から五時間。

「道が全て 閉鎖されて行けません」

もうね、織田裕二と逆。
封鎖できちゃってるから。

「じゃあ勘弁してやる」

じゃあっつか、じゃあっつか
もう帰れねぇよ!!
私は初めてコンビニの駐車場で
1人夜を明かした。


・・・トンネルを抜けると4年目であった。


新卒と呼ばれる子羊たちが入ってきた。

もうね、帰りたさすぎ。
私が学生のバイトの時だってこんなに
帰りたい気持ちはなかった。

私が新卒であったのはもう3年前。
初心を忘れてしまったのは私の方だろうか。
つーかね!先輩に質問するときは
立ってその場まで行ってノートも持ってけ!


・・・トンネルを抜けると4年目であった。


もうね、なんつーの。
会社ってムカつくことばっかじゃんって
最近思い出しましてね。

山手線なんか乗って、東京駅なんか
行こうものなら、サラリーマンたちなんて
ほとんどウォーキングデッドですよ。

会社に縛られたくない!
満員電車に乗って媚びへつらう人生なんて
俺には合わない!
やりたくもないことをやらされたくない!
なんつってる人ってきっと東京の人なのね。
確かに、分からなくもない。

私なんてまだ20代で、それこそ
朝の山手線に乗ってる方々なんて
キング・カズくれぇの現役選手なわけじゃん?
したら、そりぁあ、年季が違うよつって
お前はまだまだ社会の厳しさを知らないよつって
怒られるかもしんないけど、
あの、お腹いっぱいよ?

つーかね、社会の厳しさって必修科目なの?
それ選択科目なら私絶対取らないんですけど。
絶対に学生の人気ない。
古びれた僻地の校舎で講義やってそう。
事あるごとに、社会、社会、社会、社会、社会。


仕事の責任とか、理不尽なこととか
もう結構学んだつーか。
これより先にまだ理不尽があるなら
あんまやりたくないっつーか。
わりと社会で味わうべき厳しさみたいなの
味わった気がするんだけど、駄目ですか?


世代間のずれってあるものですね。
ほんの2、3歳下の子たちとの感覚ですら
違うのなら、2、30歳上の方との感覚の差なんて
すごいんでしょうね。


判断が遅い!つって怒られながらも
ようやく瞬間で全集中の呼吸を使えるようになって
仕事の裁量も多少増えて、ある程度自分の
仕事は回せるようになってきても
柱の皆さんは、常に全集中の呼吸で自分だけでなく
部下の仕事や家庭も回してるんですもんね。



敵わねぇやつってベッドに仰向けになる。


あー、私が100日後に死ぬ私だったら
もっと人生の選択肢を変えるだろうになぁ。


後100日しかないなら、私は日がな1日
どうぶつの森を居住地としてないし、
コロナウイルスだろうと関係なく
外出だってしまくるだろうし。


人生ってなげーなぁ。



最近、私は人生の岐路に立っている。

会社での立場も責任の重いものになっていき
そう簡単にやめられる状態ではない。
異動することもきっと叶わないだろう。
頼みの子羊たちは、牧場で呑気に草を食べている。

私はまだ20代で、
3年前は子羊であったに過ぎない。

だからこそ、今の環境が自分の人生の大半を
半永久的に占めていくという恐怖がある。

子羊たちを柵で囲わずにいっそ、
危険なサバンナにでも放牧してやればいい。
10年経たないうちに、キング・カズ
引退するのだから子羊のままでは困る。
そんな苛立ちも少しずつ感じてきた。


最近、私は人生の岐路に立っている。


人生の墓場と名高い場所が
着々と見えてきている。
先日帰宅した後に、YouTubeでサプライズの
プロポーズ動画を見させられた。
私は特に踊りたくはない。




トンネルを抜けると4年目であった。

私は川端康成の全文は読んだことはないが、
以上のことから察するに
社会人4年目というものは、
雪国のような過酷でかつ景色を見る分には
羨ましく思えるものであるのかもしれない。