「もし、誰かがこの日記を見つけたら、僕の計画が失敗したことになる。その時には僕はもう入院している。でも、もし僕が何とか最初に戻れたら、きっと彼女を救うことができる」
【編 バタフライ・エフェクト エヴァン】
※前回の続きです。
目を覚ますと檻の中にいた。
薄いクリーム色の混じった緑色。
地べたが冷たいと思ったらコンクリートのようだ。
後ろには和式便所がむき出しになっている。
汚物まみれでとても衛生的とは言えない。
私の身体は安い毛玉だらけの毛布に覆われている。
毛布の隙間から前を見る。
檻の前に私の黒いナイキの靴が見える。
少し顔を上げるといかにもお役所
というような灰色のデスクに男が座っていた。
「何で肉体あるのに、ここに来れてるの?」
誰かが私に問う。
そんなこと私にも分からない。
が、光で明るい方が随分騒がしい。
光。明るい方は死に近い。脳みそで唱える。
幻聴だろうか。
私を一目見ようと檻の外に
見物客が来ているように聞こえる。
ピピーピピー。
少し若ハゲの小太りの男が
見物客の交通整理をし始めた。
「こいつ俺たちの世界のやり取り聞こえちゃってんねん。コンって音1回はコントで言う暗転。コンコンって音2回は、コントで言う場面転換。ってさっき作っちゃったから。」
「そんなこと言われてもっ」
コンって音が1回。
1回は暗転。今はあっちのターン。
「な?どないする?俺的には、連れてってあげてもええ思うんやけど。」
男は、どうも先ほど見た看守らしい。
電話口に向かって会話している。
「うん、まぁそうね。」そう言うと
男は、私に近づいてきた。
「お前のこと、他の神さんが見たいねんって。ごめんけど付き合ってくれるか?」
神様?私は神の国に来てしまったのか。
今考えると昨日の大阪ディープストリートの1日は極めて非日常的だった。
昨晩カラオケバーで歌った手前、神様に
求められるなら今からカラオケしてもいい。
私から全力の「コブクロ 轍」
をお届けできるのに。
コンっと物音が鳴る。1回は暗転。
私のターンは終わった。思考を止める。
「ええらしいけど、どないする?」
「せやんな、生身は前例ないしな。」
「ちょっと剥がしてみよかな」
私がギョッとすると、冗談冗談と諭される。
男が電話でぼそぼそと誰かと喋っている。
神様?のやり取りは中々に長い。
生身がだどーだとかの神様の論争に飽きて
床の模様を見つめていると
床の汚れが次々と様変わりしていく。
一際大きな染みが、魔女の形に変わっていく。
魔女は、私にウィンクをした後、
バーの店長よろしく他の神様を集めていく。
魔女曰く、最近の神社は、外国人観光客や
変なインスタグラマーが増えてしまい
まともに祈ってくれる人が少ないらしい。
そういえばと、私は、浅草で見たお寺を思い出す。
外人が平気な顔で、参道のど真ん中に
腰掛けて写真を撮っている。
「人間が愚かで申し訳ない。」
その時、私はそう祈ったのであった。
そんなことを思い出していると
床の汚れや染みが古今東西
ありとあらゆる姿に移ろいでいく。
八百万とはよく言ったものだ。
河童や歯のお化けなど
ゲームで見たキャラなのか
はたまた本当に実在するのか
自在に形を成していく。
ふと見ると女性キャラの可愛い神様に
小さいゴミのような棘が刺さっている。
私は、細心の注意を払って棘を抜いてあげる。
棘を見つめながら、自分の奥さんのことを
思い出す。生身で神様に会えるなんて特例だ。
でも、彼女なら他の神様に失礼なく
この場所に来れるだろう。
私は、せっかくなら彼女も呼ぶように頼む。
小太りの看守はまた面倒なと言いつつ
きちんと対応してくれる。
左に私。右に彼女。
「カラオケをやるならどっちを聴きたい?」
私は八百万の神様から見えるように線を引いた。
私が「コブクロ轍」彼女は何かな?
アンジェラアキの手紙のデュエット??
それもいいね。
コンコン。(物音2回は場面転換。)
記憶が混濁している。
ストレッチャーで運ばれている
誰かの代わりに運ばれる。
手も足も縛り付けられて
ストレッチャーで運ばれている。
横で誰かが見つめている。
見ているあなたのために歌を歌う。
今はもう思い出せない。何の歌だったか。
でもあなたのために歌う。
救急車のサイレンが聞こえる。
あなたは事故にでもあったの?
私の手足がジンジンと痛む。
私は事故にでもあったの?
ストレッチャーで運ばれる。
記憶が混濁している。
気づいたら見知らぬ天井。
広さは2.5畳くらいだろうか。
格子のハマった分厚い扉
内側からは開きそうもない。
窓は一面の強化ガラスで景色も見えない。
部屋には、洋式トイレと
オレンジ色のヨガ用マットレス。
異常なのは、部屋を見渡す位置に
監視カメラがついてることだった。
「現実で8番出口やろーぜ!」
私の無邪気な声が脳内に響いてくる。
オレンジのボタンを押すと声がする。
違和感を伝えると正解なのか
どこからともなく人がやってきて
対応してくれるのだ。
「どうされました?」
手洗い場のシンクから声がする。
「ここは何処ですか?京都?神戸?」
「ここは大阪の病院です。」
何故自分が病院にいるか分からない。
記憶が混濁している。
部屋の中は白く明るかった。明るいは死。
この判断だけは怖くて捨てられない。
目をつぶって必死に暗がりに進む。
「ホテル大阪梅田ホテル大阪梅田ホテル大阪梅田ホテル大阪梅田ホテル大阪梅田ホテル大阪梅田ホテル大阪梅田ヴォぉぉおおおおおおあい!!」
ハッと目が覚めても変わらぬ天井。
「違う違う違うここは現実じゃない、現実に帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい。」
壁を2回殴る。ゴンゴン!
腰を大きく反らす。目をつむって場面転換。
しない。
時計がある。気づいた。4/12日4時23分。
これだけがこの時間だけが私を現実に繋ぎ止める。
「8番出口やろーぜ!」
その声を思い出してむかつき
私は必死で部屋の中の違和感を探す。
恨むぞ俺。恨むぞ俺。
こんなもん全然楽しくない。
笑いの押し付けや。
違和感を見つけては、オレンジのボタンを連打する。
出られない。時間が経たない。
何十回目のホルダーにトイレットペーパーがない違和感。
違和感を見つけたのに時間がたたない。
この部屋から出たい。
格子のハマったドアに体当りする。
窓ガラスを思い切り蹴飛ばす。
出られない。
バタッ。うん10回目のボタンを押して
私はついに機能停止した。
床には私のだろうか、使い終わったおむつが転がっている。
これも違和感だからオレンジのボタン。
違和感、ボタン、違和感、ボタン。気が狂う。
私は、五億年ボタンを思い出す。
五億年ひとりぼっちで過ごす代わりに
お金が貰えるボタン。
私は何をやらされてるんだろう。
一生ここから出られないかもしれない。
しばらく床で倒れていると頭の中からまた声。
「嘘やろ?今度は俺らが8番出口の親やで?」
脳内の声に言い返すように三度部屋を見渡す
またトイレットペーパーがない。
オレンジのボタン。壁を1回殴る。ゴンッと物音1回。腰を反らす。物音1回は暗転。
時計を見る。進んでない。シンクを見つめる。
窓際からコンと音が鳴る。物音1回。は暗転。
コンは小さく腰を反らす。
コンコンと鳴る。物音2回は、場面転換。
コンコンは大きく腰を反らす。
誰がこんなコント考えた?
観客席があるとしても悪趣味だ。
もうこんな世界終わらせたい。死にたい。
ここには死ぬための道具がなかった。
仕方なく洋式トイレを見つめる。
オレンジのボタンを押す。
ドンドンっと壁を殴る。2回は場面転換。
「このままやと死ぬぞ!!見とれよ!!」
便器には水が溜まってる。
ものすごく嫌だけど、ここに顔をつけたら
何かが変わるかしら。変われ変われ変われ。
すうっと息を飲んだ。
と同時にゴンゴンゴン!物音が3回。
「聞こえますか!!アホなことやめなさい!」
若い顔立ちの整った青年が
鍵を開けて入ってくる
「今個室を緊急で空けてもらうので少し待ってください。」
ここは現実か妄想か。
私が欲しいのはその答えだ。
「あなた私に触れますか??触ってみて?」
訝しがりながら、青年は私の手を握った。
どうやら虚構の世界では無いようだ。
私は、そのまま肩を担がれ建物の中を進む。
新鮮だ。外の世界がある。
私は、そのまま移動する。
きちんとベッドもトイレもある
が、監視カメラもばっちりある。
私は、隔離病棟から個室病棟に移された。
個室病棟には、私の奥さんが待っていた。
私は思わず彼女に手を伸ばす。
よかった。触れる。さわれる。
〜続〜